西寺公園の日常

今になって花火する人々、夏の名残かはたまた
残してしまったのをただ「もったいない」とするどケチ根性か。。。
前者にはまだ品がある。けれども、ぎゃあぎゃあやっているのは品と無縁の輩。
そもそも、ロケット花火や爆竹などは、祭りの威勢にこそ似合えど、品には程遠い代物。
公園とは、実にさよう。その人の品を定めるに易いところ。誰のものでもないけれど、誰でもいるところ。そんなところで、子供は自由にふるまい、品を学んでいく。子供時代に不自由だった人が、下品に花火する。

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